コミュ障の私は話のうまい人を反射的にリスペクトしてしまう。ラッパーもYouTuberも話のうまい人が多いですよね。
さて、昔から話のプロといえば噺家(落語家)さんです。テレビに出ている方くらいしか知らない私が手に取ったのが『超初心者のための落語入門』。
初心者向けといいつつ微妙な本も多い中、これはホントにわかりやすい! ざっくり内容を紹介します。
どんな噺がある?
噺の数は500以上。そのうち演じられているのは250ほど。現代の感覚からかけ離れた噺などは、ほとんど演じられません。
- 古典落語:江戸・明治・大正時代に作られた落語
- 新作落語:昭和・平成になって作られた落語
古典落語には当時の習慣や遊びが出てくるのでわからない言葉もありますが、噺家の腕次第でおもしろくなります。
新作落語には「コンビニ」や「合コン」など、現代の言葉が出てくるので聴きやすいでしょう。
江戸落語と上方落語
東京と大阪で落語のスタイルも変わります。同じ落語でも江戸落語では「酢豆腐」、上方落語では「ちりとてちん」と呼び名が違うものがあります。
江戸落語(東京)
東京の江戸落語はお座敷芸から発展したといわれています。渋さを好む江戸っ子の趣味に併せて、派手な演出はしません。
上方落語(大阪)
大阪の上方落語は屋外で演じられていました。そのため、大道芸人のように三味線や笛、太鼓などの賑やかな演出が入ります。
座布団の前に「見台」という小さな机を置くこともあります。
噺の順序
- あいさつと自己紹介
- 季節ネタや時事ネタ
- マクラ
- 演目(噺)
噺の締めくくりはオチではなくサゲといいます。
『笑点』は落語ではなく大喜利です。特別なイベントで行われるもので、通常の寄席ではやりません。
寄席
寄席は一年中やっています。コンサートや演劇と違って、途中から参加OK。
プログラムは十日ごとに入れ替えられ、演目は当日に決まります。
たくさんの噺家が登場するので、一人の持ち時間は十五分くらい。昼の部・夜の部ともに最後に登場する噺家の出演時間は長めです。
落語協会、落語芸術協会の噺家が交互に出演します。
【東京都内の寄席】
- 新宿末廣亭
- 池袋演芸場
- 上野鈴本演芸場
- 浅草演芸ホール
名作古典落語
この本では、落語を知らない人が聞いても楽しめる名作落語30+2を紹介されています。
初めて見る人には「ちりとてちん」と「時そば」がおすすめ。
数え方のトリック「時そば」
ある男が、そば屋で十六文の代金を支払っていた時のことです。
男は「一、二、三……」とお金を数えていき、八まできたところで急にそば屋に時刻を尋ねます。
そば屋が「九つ」と答えると、男は「十、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と数えて支払いを済ませました。
突然質問することでそば屋の注意をそらし、一文ちょろまかしたわけです。
これを見ていた別の男が、次の日に同じことをしようと試みますが、世の中そんなにうまくはいかないようで……。
知ったかぶりのご近所さんにイタズラ「ちりとてちん」
何でも知ったかぶりする竹さんにイタズラする旦那の話です。
旦那の近所に住んでいる竹さんは、何をご馳走しても素直に喜んだことがありません。
竹さんをなんとかギャフンと言わせられないものかと考えていた旦那。そこへ家の者が腐った豆腐を見つけたと報告に来ます。
ひどい臭いに驚いた旦那は、これを珍味として竹さんに食べさせようと考えます。さて、うまくいくでしょうか。
通ぶっている竹さんのようなタイプは「半可通」といい、落語ではもっとも嫌われるキャラクターです。
値段なんて当てにならない「はてなの茶碗」
ものの値段なんてあってないようなもの、というお話。
その昔、首をかしげただけで、茶道具が五百両にもなるという京都一の目利きがいました。茶道具商の金兵衛(通称:茶金)です。
その茶金が清水寺境内、音羽の滝の前にある茶店で休んでいた時のこと。茶金は清水焼の茶碗をしげしげと眺め、首をかしげています。
これを見ていたのが、茶店の主人と通りすがりの油の行商人。油屋は売ってくれないなら壊すぞと脅し、茶店の主人から二両で茶碗を買い取ります。
油屋は茶金の店へ茶碗を持ち込みますが、その鑑定額は?
作品の舞台となった清水寺近くの茶器店ででは「はてな」と書かれた茶碗も売られています。
噺の中に出てくるはてなの茶碗は水漏れする欠陥品だったのですが、こちらは水が漏れないのでご安心を。
今も昔もオタクは趣味に命がけ「七段目」
芝居が好きすぎて家業そっちのけの若旦那。
いくら叱っても芝居のセリフで返してきてお話になりません。そんな息子に手を焼いた父親が、若旦那を二階に閉じ込めてしまいます。
しかし、若旦那は懲りずにひとり芝居を続けます。
そのうるささに耐えかねた父親が、小僧の定吉を二階に行かせて芝居をやめさせようとしますが、じつは定吉も大の芝居好き。
若旦那と意気投合して芝居ごっこを始めたから大変なことに。
落語の修行
■見習い
仮入門。この時点ではまだ名前ももらっていません。落語家になるための心構えを教わります。ここで見込み無しと判断されたらそれまで。
↓
■前座
正式の入門。毎日寄席に通って下働きをします。休み無しが当たり前。
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■二つ目
高座以外の時間は自由になるが、収入を安定させるためには営業必須。前座の頃の働きがいいと、あちこちから声がかかるようです。
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■真打ち
理事会の承認が必要。基本は年功序列ですが、若手でも二つ目時代の活躍によって抜擢されることがあります。師匠と呼ばれ、弟子もとれようになります。
※上方落語には真打ち制度がありません。
初心者にオススメの落語家
春風亭昇太
言わずと知れた『笑点』の司会者。
「観客を絶対に笑わせて帰す」というプロ意識が高く、マクラに時事ネタを盛り込むなど、鋭い視点で聴く人を魅了します。
落語家に「落語はためにならない」なんてメタ発言をされたら、逆に気になってしょうがない。
それはそれとして、私が子どもの頃からまったく老けないのはどういうことなんだ。
ベテランなのにいつまでも若手のような爽やかさがありますね。
立川志の輔
『ためしてガッテン』の司会者としてガッテンしてるだけじゃないんです。
業界人にもファンが多く、糸井重里さんと春風亭昇太さんが『ほぼ日刊イトイ新聞』で、落語をまったく聴いたことがない人に推しているのが志の輔さんなんですよ。
古典落語を「志の輔流」に解釈し直して演じる、エンターテイメント性の高い落語が魅力です。
師匠・立川談志に苦労させられた話も高座やテレビで度々披露しています。←談志ネタおもしろいよね。
柳家喬太郎
古典も新作もレベルが高い、落語ブームの牽引者。ニックネームはキョンキョン。
マクラが長いことでも知られていますが、喬太郎さんのマクラは本編のオマケではなく、これだけで芸として確立しています。
「こんな人いるわ~!」というリアルな人物描写も魅力でしょう。
現代的なセンスがあって若者の真似もうまい。テレビを見るノリで楽しめますよ。
この三人はチケットの入手が困難なことでも有名です。昇太さんと喬太郎さんは寄席に出演することもあります。
落語界のレジェンド
【五代目】古今亭志ん生
高座に上がっただけで大ウケ。存在自体が落語だと言われたほどです。
酒好きでも有名で、お酒絡みのエピソードは数知れず。
高座に上がったものの、言葉が出てこないまま寝てしまったこともありました。
また、家賃を払えずに夜逃げするなど、貧乏エピソードにも事欠きません。
その一方で、毎日落語の稽古を欠かさない努力家でした。破天荒だけど憎めない、人間味あふれる名人です。
【八代目】桂文楽
徹底して芸を磨き上げる完璧主義者。
演じる噺を絞って完成度にこだわるスタイルで、同じ演目はいつ演じても同じ尺になるほどでした。
落語にかけては極めてストイックですが、女性関係は華やか。五回も結婚し、二股、三股も当たり前だったとか。
昭和四十六年、演目の主人公の名前が出てこないというミスをした文楽は、「勉強し直してまいります」と言って頭を下げ、二度と高座に上がることはありませんでした。
いまも伝説として語り継がれています。
【六代目】三遊亭圓生
人にも自分にも厳しい正統派。圓生ほど稽古をした落語家はいないといわれています。
持ちネタも豊富で「これぞ落語の王道」といった風格があります。
噺の内容を深く掘り下げる研究熱心な噺家でもありました。
しかし、芸に厳しすぎるあまり、周囲と衝突が絶えませんでした。
古典落語至上主義を貫いていた圓生と気の合わない師匠や弟子も多かったそうです。
落語ファンではないうちの母にとって、圓生といえば落語協会分裂騒動の印象が強いみたいです。
【三代目】古今亭志ん朝
非の打ち所がない天才といったらこの人でしょう。
軽快で生き生きとした江戸弁を聴いていると、まるで江戸時代の江戸っ子が蘇ったのではないかと錯覚してしまうほどです。
父は五代目古今亭志ん生、兄は十代目金原亭馬生という落語エリート。
二世は常に親と比較されるプレッシャーがありますが、志ん朝は入門から五年、わずか二十四歳で真打ちになります。(当時の真打昇進の最年少記録)
高座だけではなく、映画やテレビなど多方面で活躍しました。『平成狸合戦ぽんぽこ』のナレーションも志ん朝です。
【五代目】柳家小さん
落語界初の人間国宝。愛嬌のある丸顔がひふみんに通じるかわいさです。
とくに食べ物を食べる仕草は日本一といわれていました。そばとうどんの演じ分けを見ると、その凄さがわかります。
落語の面白さは噺家の個性が出るところですが、どんなにダメな人間を演じても、柳家小さん本人のとぼけた味がにじみ出ているので許せてしまう。
小さんという名前を知らなくても「永谷園のあさげのCMに出てたおじいちゃん」と言ったらピンとくるかもしれないですね。
人望も厚く、昭和四七年から二十四年にわたって落語協会会長を務めました。(若手のために真打昇進制度を導入したことで揉めちゃいましたけど)
落語の魅力はおおらかさ
落語には本物の悪人はいないといいます。
登場人物たちは狡いことも考えますが、どこか間抜けで憎めないんですよね。
江戸時代はいまよりもずっと大らかで、人生を楽しむことが最優先。
日銭を稼ぐフリーターのような暮らしが当たり前でした。
落語を聴いているとゆっくりと時が流れてくような気がします。
現代人は生き急ぎすぎですよね。江戸時代のスローライフ、いいなあ。